わたしには予知能力がある。
伊藤啓輔。
その人と初めて会った時、多分名前の印象もあるけど、真面目そうな人だと思った。
その後、少しずつ伊藤さんのことを知っていって、彼が真面目なだけじゃなく、優しかったりいやらしかったりするのを知った。
そうして嫌なところもいいところも段々と見えてきた頃のある朝、
その日はうっかり一時間も前に仕事場についてしまって、やることもなく伊藤さんの仕事振りを見ていた。
わたしたちの仕事は主に手紙を書くことなんだけど、伊藤さんは少し違う仕事をしてる。
ペン先のチェックとか、判子と朱肉を選んだりとか、そういうことを伊藤さんは物凄く丁寧にする。
「楽しい?」
「ん?あぁ、邪魔?」
「いや、楽しいのかなと思って」
伊藤さんの声は、本当にそうとしか思っていないような優しい調子があった。
その時わたしは、ああ、この人を好きになるかも知れないな、と漠然とした感じを受けた。
本当に漠然としたシンプルな感じだったからわたしはそれを簡単に信じた。
わたしの予知の的中率は良くて半分とかそれぐらいだけど、こうした感じは外れない。
「伊藤さんのこと、好きになるかもわたし」
伊藤さんは一瞬きょとんとした感じにわたしを見て、「好きって、どういう」と訊いた。
「なんかキスとかする感じ」
言ってから、引かれるかなと少し思った。
伊藤さんは驚かなかった。
笑って、そんな感じは俺もしてると言った。
その後、わたしが予知どおりに伊藤さんと恋に落ちるまでには大した時間は掛からなかったけど、
ちゃんとキスをしたりその先をしたり、きちんとした形で付き合い出すまでには思ったよりもずっと長い時間が掛かった。
お互いに声に出して好きだと言うタイミングを相当長い間待っていた感じがする。
難しいことはいくらでもあったし、そもそも伊藤さんは簡単に人を好きになるようなタイプとは違うと思う。
そうした入り組んだ洞窟を進んでいくような紆余曲折を経て、はじめてキスしたときは笑ってしまった。
これが何かしら(いつか別れるとしたって)特別な恋になる予感が、したものだから。
*
うわぁ少女漫画!でもはじめはもっとひどかった。これもお蔵入りになってた作品。
理由は恥ずかしすぎたから。もう時効だろ。